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2018/03/07

 出版不況の中にあって、ひとり絵本だけが売り上げを伸ばしているという。その原因は何だろうか。一般書籍がパソコン画面やスマートフォン画面で読むことが普及してきたが、絵本は電子化に馴染まない。大人が幼児の後ろに座り、絵本を幼児に見せ読み聞かせるのが一番良い方法だ。0歳児や1歳児は絵本の話の内容よりも絵本の材質に関心を持ち、たたいたりなめたりするが、紙媒体であればそれに耐えられる。

 もう一つの原因は大人向けの絵本が出てきていることかもしれない。『りゆうがあります』(ヨシタケシンスケ著)は、子どもがする独創的な言い訳が母親に伝染している様子を描いており、子育てが楽しくなる。『つぶっこちゃん』(つつみあれい著)は、小さな豆などをのどに詰まらせることがないようにと、小児科医が作ったもので、リズミカルな文体で親に注意を促している。

 子供の時に親に読み聞かせてもらった絵本は、大人になって読み返すと親に愛してもらった思いがよみがえり、困難の中でも生きる意欲を与えてくれそうだ。そのような本は自分の子や孫にも読んであげたい。読み聞かせてくれる親がよく見えない小さな幼児にとって、親の印象は自分を見つめる大きな目なので、漫画などで登場人物の目が異様に大きくても違和感を感じないのだという。絵本によっては登場人物の顔の輪郭が母親の乳房の輪郭だったりする。

 昨年私と同じ誕生日に生まれた初孫には、生後6カ月くらいから声に出して読みたい日本語シリーズの『どっどどどどどうど雨ニモマケズ』(宮沢賢治原作)や、ロシアの昔話『おおきなかぶ』(トルストイ原作)の読み聞かせを毎日のようにしてあげた。

 今月、富山県民会館で「絵本と私の物語展」が開催され、見てきた。300種700冊が一堂に会した充実した絵本展だった。数日してそこで見た一冊が心を大きく占めるようになってきた。『どんどんどんどん』(片山健)だ。少年がひとりで、猛獣の住む草原も、クジラのいる海の中も、車が行き交う都会の中も、銃弾飛び交う戦場さえも、どんどんどんどん歩いていき、少し疲れて浜辺で砂遊びをして、また歩き始めるという話だ。迫力ある絵が心に残ったのだろう。継続を支える精神性をもらった気がする。

 その後、射水市の大島絵本館を訪れる機会があったので、この本があるかと尋ねたら、2~3分で持ってきてくださり、懐かしい友に会ったような気がした。この絵本館は日本と外国の絵本一万冊を蔵しているという。仕掛け絵本、布製絵本、巨大絵本等がある。自分で絵本を作りそこで展示できるようにもなっていて、豊かな絵本文化を生み出してくれそうだ。

 絵本ブームの仕掛け人の一人は柳田邦男氏(ノンフィクション作家)だろう。同氏著『大人が絵本に涙する時』(平凡社)で知った『鹿よ おれの兄弟よ』は、ロシアの森林で鹿と共に生きる漁師の生活が美しく迫力ある絵で描かれた、日本人とロシア人の共同制作であり、座右の絵本となった。
『イスラーム基礎講座』(渥美堅持、東京堂出版、2015年)

 この本には、「ムスリムが約束に関しルーズであるのは、約束が実現するのは天命によるものなので、面談約束をしたこととそれが実現することの間には連鎖性がないと考えているから」とか、「イスラーム世界では風紀警察という私服警官が街中を巡察し、婚約者でも同じ一族でもない男女が二人で歩いていたりお茶を飲んだりしていると、風紀警察本部に連れていかれ罰を受ける」という記述があるが、それらを興味本位で紹介することは著者の意に沿わないかもしれない。

 なぜなら宗教の理解には、その宗教に帰依している者の判断が正論であり、異教徒の価値判断は正論とはならないにもかかわらず、日本人が宗教に対峙する姿勢にはきわめて独特なものがあり、平気で他宗教へ介入し、自らの基準に照らし合わせて善悪の判断を下し、日本との格差の激しいものには、その格差を埋めるまであらゆる干渉・攻撃を行う、と著者は考えているからだ。著者は、日本人の宗教観は一つの世界観を形成していないと言う。確かに、クリスマスはキリスト教式で祝い、除夜の鐘は仏教徒として聞き、神社へは氏子(神社神道における信者に相当する総称)として初詣をするというのでは、宗教的世界観を有しているとは思えない。先が見通せる砂漠という環境と多民族共存という社会的環境の中で生きる人たちの強固な世界観に出会える一冊だ。

『宗教は科学の生みの親』(小林浩、光言社、2003年)

 ガリレオ・ガリレイの科学的業績は「宇宙という神が書いた書物を読む」という信仰があればこそ成し遂げられた。ケプラーやニュートンも同様で、「神が宇宙に整数関係の秩序を与えた」とか「万有引力は神に由来する物理的な原理である」という確信や思想があればこそ成し遂げられたものであるという。

 近代を主導した科学者たちは、宗教的偏見を打ち破り合理的な科学を建設したのではなく、キリスト教信仰という強烈なパラダイムがあったからこそ成し遂げられたものである。キリスト教は近代科学の子宮であるとする。

『新約聖書と歎異抄』(渡辺暢雄、PHP研究所、1991年)

 新約聖書27巻の内、13(14)通はパウロが紀元48~62年に書いた手紙だという。堅実なユダヤ教だったパウロはキリスト教徒迫害のためにダマスコへ赴く途中、復活したイエス・キリストとの劇的な出会いにより、驚異的な熱心さをもってキリストの福音を述べ伝える者へと生まれ変わった。そして以前の自分を「罪びとの頭」(テモテⅠ)と自称する。

 「歎異抄」は、親鸞の直弟子であった唯円が、師の死後30年ほどして、師の教えの解釈が当時乱れていたことに心を痛め、異端を嘆くという意味で著した。「善人でさえ弥陀の大悲によって浄土へ往生を遂げさせていただけるのであるから、悪人ならば尚更のことである」(悪人正機説)における「善人」とは、「自分の罪の醜悪さに気づかず人々をさばき蔑んでいるような自称善人のこと」だとする。

 パウロも親鸞も罪の自覚に敏感であるとともに、救いは従来言われてきた律法順守や行いによるのではなく、信仰により与えられるものであるとしているところが似通っている。一方で、パウロにとってイエスは救い主であったが、親鸞にとって救い主は人間釈尊ではなく経典中の神話的な阿弥陀如来であるという。

2018/02/15

 米国は、建国以降の歴史は短く、世界各国に対する影響力の大きさや影響の与え方に対する根強い反発はあるものの、清教徒が希望をもって新天地で神の国を作るという建国精神を持っており、大統領の就任演説や一般教書演説を聞くと、その香りを感じる。

 32代大統領F・ルーズベルト(1933年就任、民主党)の就任前の1929年にアメリカは大恐慌に見舞われ世界中を巻き込んだ。1933年のアメリカの失業率は25%で1200万人の失業者が巷にあふれた。将来に不安を感じる国民を前にF・ルーズベルトは「the only thing we have to fear is fear itself」(我々が恐れなければならないものは恐れそれ自身である)と警告し、非理性的で不条理な恐怖心それ自体が前進に必要な努力を無にするのだと呼びかけた。

 35代大統領ジョン・F・ケネディ(1961年就任、民主党)は、冷戦で東西対立が厳しい時代に就任し、自由の価値と自由を守り発展させるために人々がなすべき行動をアメリカと世界の人々に呼び掛けた。「my fellow Americans: ask not what your country can do for you -- ask what you can do for your country」(わが同胞アメリカ国民よ、国が諸君のために何ができるかを問うのではなく、諸君が国のために何ができるかを問うてほしい)と求めるだけでなく、「私たちが諸君に求めることと同じだけの
高い水準の強さと犠牲を私たちに求めてほしい」と意欲を示した。

 40代大統領ロナルド・レーガン(1981年就任、共和党)は、アメリカが苦しんでいる経済危機は短い年月では解決できずとも、アメリカ国民には自由を守るためにすべきことをする能力があるとして、「government is not the solution to our problem, government is the problem」(政府が我々の問題を解決するのではなく、政府自体が問題である)として、民間活力を呼び起こすべく大型減税をした。

 45代大統領ドナルド・トランプ(2017年就任、共和党)の就任演説はアメリカ再建とアメリカ第一主義を唱える短いものだったが、就任一年後の一般教書演説は、「貿易関係は公正さと互恵的であることが大切」や「脅威に対し弱さは争いを呼び込み比類なき力が防衛の確実な手段になる」などの認識のもと、「in America, we know that the faith and family, not government and bureaucracy , are the center of American life」(我々米国人は米国の生活の中心が政府や官僚制度ではなく、信仰と家族だと知っている)と、アメリカの伝統に帰ることを訴えた。

 トランプ大統領に対しては、世界を振り回す「異端児」と見られる面もあるが、米社会の左傾化・世俗化を加速させたオバマ前大統領の路線を明確に否定・転換したトランプ氏に対し、キリスト教福音派を中心とする宗教保守派からは称賛が続いている。
『人間の正体と霊界との関わり』(那須聖、光言社、1996年)

 長年ニューヨークに在住し、明快な外交評論を行ってきた著者は、一方で超心理学の研究を続けてきた。

 著者は、近年の科学万能主義により自然科学的な方法でとらえられない神や霊界は存在しないと考えたり、その存在を説く人を野蛮人であるかのように考えたりする風潮が広まっていることに危機感を抱く。進化論は外面的、物質的、肉体的な面を検討の対象としており、その範囲では正しいものの、人間の人間たる主たる要素は内面的、精神的、霊的な面であるとし、神は旧約聖書の創世紀の記述のように宇宙を創造されたが、神の計画通りに生物を進化させて最後に神の息を吹き込み人間を創造されたのであり、進化論は神の創造と矛盾するどころか、むしろ神の創造の一環を説明するものであるとする。

 著者は「肉体と霊魂の関係」や「天界と地獄」の様相についても記述しており、本書の執筆に際しては数え知れないほどの霊感を受けたという。

『ダーウィンメガネをはずしてみたら』
         (安藤和子、いのちのことば社フォレストブックス、2007年)

 大阪大学や東京大学大学院で、そして米国に留学して生命科学を学び、その後研究所でも部長職で勤務するなど時代の最先端で研究してきた著者が、生物を殺して組織、細胞、分子レベルで追求する生物化学という研究手段では、生物を生きたもの、魂の入ったものとして見る視点が欠落しており、生命の本質についての答えを得ることができないと分かり、がくぜんとする。

 聖書は科学と矛盾すると考えていたが、聖書を読み込むうちに、そのような自分の考えや宗教は弱者が頼るものという世間の常識の間違いを知り、聖書は自然科学研究の百年も千年も先を歩み先導している事実を知る。そして、弱者を切り捨て強者だけ生き残る社会、どこから来てどこへ行くのかわからない生命観に立って、互いの存在と生命を尊ばない社会は、「いのちは自然に発生し、弱い者は滅んでいく」と、ひとつの仮説にすぎない進化論が唱える考えから派生していると確信する。まさに、学校教育でかけさせられたダーウィンメガネをはずしてみたら、真理と心豊かな世界への道が開けていくのである。

『それをお金で買いますかー市場主義の限界』
             (マイケル・サンデル、早川書房、2012年)

  ここ30年に起こった決定的な変化は市場と市場価値が、それらがなじまない生活領域へと拡大したことだった。ダラスの成績不振校は子供たちが本を読むたびにお金を払い、親が名門大学に寄付をして子供を入学させ、自国の戦争に傭兵を雇うようになった。このように行きていく上で大切なものに値段をつけるとそれが腐敗してしまう。子供はお金のために本をもっと読むようになるかもしれないが、読書は心からの満足を味わわせてくれるものではなく、面倒な仕事だと思えと教えていることになる。新入生となる権利を最高入札者に売れば、収益は増えるかもしれないが、大学の威厳と入学の名誉は損なわれる。自国の戦争に外国人の傭兵を雇えば、同胞の命は失わずに済むが、市民であることの意味が貶められる。

 市場はものを分配するだけではなく、取引されるものに対する特定の態度を表現しそれを促進する。これをどのように考えるかを、日本でも「ハーバード白熱教室」の名前でよくNHK教育テレビに登場した、米国ハーバード大学の法哲学の教授が問題提起する。

2018/01/15

 男女の違いを考えるとき、大きな差のひとつはコミュニケーションのありようだ。女性同士の話し合いでは、大きな声量と情熱で速射砲のように言葉が飛び交う。テーマを決めて始まった話し合いでも、基本的には思いついたことは何でも口にする。私はこのようなやり方は不効率だと思っていた。話し合いの前に、テーマ、目的、終了時のゴールイメージ等について合意してから始めるのが良いと思っていた。しかし、最近はその考え方が変わった。

 話し合いが始まるや、直接・間接に得た情報が短時間のうちに一気に出された方が、男性中心の事業に関する話し合い等でテーマから外れていると思い言わずにいたが、後になって多少テーマからずれたことも含めて考えた方が良いと分かり、再度話し合いを始めるよりも、ずっと効率的と言えることが分かったからだ。

 コミュニケーションのあり方よりも顕著な男女差は生殖器官の差だ。妊娠と出産は女性に課される大きな課題だ。10カ月前後の間、自分の体内で動く新しい命の躍動を感じ、夫や家族、親族、地域の人々の視線を感じつつ、行動を慎重にし、口にする物や環境にも配慮しなければならない。夫にとっても人生の重要事態であることに変わりはないものの、自分の体内に新しい命の存在を感じるわけでもなく、仕事や趣味に没頭しそのことをすっかり忘れることも可能だ。

 社会に男女の区別や性差の意識があるために役割分業も発生するから、男女を分ける制度を失くしてしまおうという考え方のもとに、男女の差異そのものを否定・相対化してしまおうと考えるジェンダーフリー思想の信奉者の中には、妊娠出産における男女差は微々たるものと主張する人がいるが、そんなことはあり得ない。

 「フリーセックスの結果、まちがって子どもができて、こっそり手術をしてもらうのも女だし、経口避妊薬の副作用で病気になるのも女だ。男ばっかりが得をする世界で、恋愛でだけ平等だとおもうのはよほど計算によわいのだ。」(松田道雄著『恋愛なんかやめておけ』)

 小児期の子どもが、心と体の性別が一致しない性同一性障害(性別違和)を抱いても、成人するまでに七~九割は解消するという。性の不一致に苦しむ子供に性別適合手術を受けさせ、その後「そのように思い込んでしまったが誤りだった」と後悔し、戸籍上は元の性に戻せたとしても、生殖の機能を取り戻すことはできない。

 同性婚が合法となり、本人たちはそれでよくても、同性カップルによる育児、つまり父親2人、または母親2人による育児を認めると、そのような特殊な環境を子供自身が選べるわけでもなく、情緒的な問題の発生が報告されているという。

 女性のコミュニケーション能力が男性よりも優れていると言われているが、右脳と左脳をつなぐ脳梁と呼ばれる部分が、女性の方が男性よりも大きいことがその原因らしい。男女の違いは、生理的、物理的な違いを中心において考えるのが賢明なようだ。
「永遠の〇」
 主人公の祖母が亡くなりその夫が深く悲しんでいる。しかし、主人公はその人が本当の祖父ではなく、自分の祖父が別にいたことを知り、ジャーナリストの姉と共に、祖父の人物像を知ろうとする。宮部久蔵という名前の祖父を知る人に会うと、決まって逃げ出す卑怯な人という評価を得るが、それでもさらに深く知ろうとしていく中で、死を恐れることなく自分の利益を超え妻子のために生きて帰ることにこだわっていた人物と知る。しかし、最終的には特攻隊に志願し亡くなっており、どうして志願したのかという疑問に至る。そのときはじめて、祖父と思っていた人が真実を語り始める。

「そして父になる」
 病院で6年前に、看護師の作為により男の子を取り違えられた2組の夫婦が、その事実を病院より知らされ、6歳になった息子が自分たちの息子でないことを知り悩む姿を描く。福山雅治演じるケイタの育ての父はエリートコースを歩んできたので、息子にも努力を厳しく要求するが、相手の気持ちを考えることを学んで、ようやく父親になっていく。

「ゼウスの法廷」
 鹿児島の大家族の中で育った女性中村惠がお見合いで東大法学部卒の裁判官加納と婚約をして一緒に生活をするが、すべてが法律的感性の夫に心が行かず、大学時代の元カレ山岡と再会し肉体関係にまで及ぶ。夫と別れてその元カレとアメリカへ行く話をしようとアパートを訪問すると、山岡は別の女性同伴で帰宅してきた。口論となり重過失により惠は山岡を死に至らせてしまう。その場を去ったものの警察に出頭した。
裁判所は判事の妻の犯罪ということでマスコミや世間の目を恐れる。それならと、加納は自らがこの案件の裁判官になると志願する。

「脳男」
 生まれながら感情や意欲を持つことなく、食事することすら言われなければしないものの、脳の力は異常なほど発達している男(脳男)の数奇な運命の話。爆発現場にいた脳男がとらえられ、その精神鑑定を女医が任される。異常な脳波や心電図から感情が起こるのが異常であることが分かる。女医はあなたはロボットなんかではないと人間性の回復を手助けしようとし、その出自を調べ始める。脳男の父母は交通事故で死に、祖父が世の中に復讐をしようと、感情を表さない孫に、殺人の方法を教えていく。そのようにして正義感あふれる殺人ロボットができたのだった。繊細な心理描写が秀逸な作品だ。

「バベットの晩餐会」
 デンマークの海に面した片田舎に、カトリックの神父と2人の美しい娘がいた。遠方から美しい娘を見にやってくるが、父親は娘たちは自身の両腕だとして嫁がせようとしない。姉には将来将軍になる軍人が思いを寄せ、妹にはパリの歌手が思いを寄せるが父親ゆえに自ら去っていく。年月が経ち、革命がおこったフランスからバベットという女性が革命で行き場を失い、パリの歌手からこの場所を紹介されたとして流れ着き姉妹とともに住み始める。この女性が、宝くじで得た大金をすべて使って、姉妹と村の住人のためにパリ最高級レストランの料理を、過去の料理長の経験を生かしてふるまう。心温まる映画だ。

2017/12/15

 過ぎ行く日々の中で目標を定めて生きていても、うまくいかないことが多い。むしろそれが普通かもしれない。恋愛できても結婚できなかったり、結婚できても子供に恵まれなかったり、子供に恵まれても仕事がうまくいかなかったり、うまくいってもその仕事をやめて始めた事業がうまくいかなかったり、事業がうまくいっていると思っても事業環境が大きく変わって倒産してしまったり、激変する事業環境にうまく適応して会社が存続できても天災によって事業基盤をなくしてしまったり、人生何が起こるか分からず、何かを得ようと思って一所懸命に努力したからといって報われるとは限らない。

 そのときどうするか。いしだあゆみは、「泣くの歩くの死んじゃうの」(あなたならどうする)と、河島英五は「男は酒を飲むのでしょう。女は泪見せるのでしょう」(酒と泪と男と女)と歌った。

 ドストエフスキーは、「心から大切だと思える思い出が一つでもあるならば人は自分の人生を深いところで肯定することができるはずだ」と言い、ナチスの強制収容所に捕虜としてとらえられた経験を持つ『夜と霧』の著者フランクルは、収容所での悲惨な生活の中でも、聖者の如く優しい言葉をかけたり一片のパンを与えたり収容所のバラックの隅で祈りや礼拝をしている人々がいたと記しており、すべてに挫折しても生きる意味を得ることはできるとしている。

 神を信じて生きる者の中には、神は親のように自分を守り導いてくれると感じる人たちがいる。そういう人々の人生は次のエピソードのように常に神とあり、次の詩のように、常に神と人々に感謝する道が開かれている。

「エピソード」
 ある人が神と共に砂浜を歩き砂浜には2人分の足跡があった。ところが、困難に直面したころ通過した砂浜を見ると、足跡はひとり分しかなかった。「神様、あなたは私が困難の中にあるとき、私を置いて離れてしまったのですか」と尋ねたら、神は「その頃は私がおまえをおぶって歩いていたんだよ」と答えたという。

「無名の南軍兵士の祈り」
大事をなすための力を与えてほしいと神に願ったのに、従順さを学ぶようにと弱い人になった。
偉大なことができるようにと健康を望んだのに、より善きことができるようにと病弱さを与えられた。
幸せになるために富を求めたのに、賢くなれるようにと貧しさを授かった。
人々の賞賛を得ようとして力を求めたのに、神の必要を感じるようにと弱さを授かった。
生活を楽しもうとあらゆるものを求めたのに、あらゆることを喜べるようにと生命だけを授かった。
求めたものは何も与えられなかったが、願ったことはすべてかなった。
こんな私なのに、声に出して言わなかった祈りもすべてかなえられ、私は誰よりも豊かな神の祝福を受けた。
「それでも夜は明ける」
 19世紀中ごろのアメリカの、まだ奴隷制度があった頃の話。制度的には自由な黒人がいたものの、陰謀により売られていった先で奴隷として働くことを余儀なくさせられていた。主人公は、カナダ人の協力を得、自分の身分を明確にすることで解放される。

「素晴らしき哉、人生」
 1946年作のアメリカ映画。ジョージは心優しく優秀な青年。弟が9歳の時に池に落ちた時も助け出し、幼いころ薬屋でアルバイトしていた時に経営者が間違えて劇薬を処方していたことを知りそれを教えてあげ顧客の一命をとりとめた。
 親の作った会社再建のために跡を継ぐが、叔父のミスで不正経理の罪に問われそうになり、妻子に八つ当たりをして、自殺しようとする。そこに、天空から派遣された天使が現れ、自ら海に飛び込みジョージに救出させることでジョージを精神的に助ける。自分なんか生まれてこなかった方がよかったというジョージの発言で、天使はジョージが生まれなかった世界を再現させる。ジョージの弟が9歳で亡くなり、薬屋の経営者は罪に問われて刑務所に入り、母親さえ自分を知らないという。家族が住んでいる家に行ってもここは20年前から廃屋と言われ、独身の妻に会っても痴漢呼ばわりされる。自分が存在してきたことにより、世界が変わっていることを知り、自分の存在価値に気づく。

「ゼロ・ダーク・サーティ」
 2000年9月11日のアメリカの飛行機テロの犯人ウサマビンラディンの住んでいるところをCIAが探し出し、殺害のために軍用機でパキスタンのペシャーワルに入り、殺害して死体を持ち帰るまでを描く。CIAのマヤという主人公の職員が執念をもって追求していく。

「ダンス・ウイズ・ウルブズ」
 米国軍人として勇敢な行動で武功を上げた主人公ダンバーが、インディアン居住地区の近くに砦を作り、米軍の連絡を待つ。その間に、インディアンのスー族が偵察に来る。お互い相手がどのような人間で何を考えているのかわからない。スー族の格好をした白人女性が大怪我をして泣いているのを見つけ、彼らの居住地に送り届ける。その女性は幼いころ別のインディアンのポーニー族たちに家族を殺され、その後スー族に育てられたのだった。
 スー族の人々は頻繁に彼の元を訪れ、またダンバーも先住民族である彼らに白人文化を伝えようと試みることで徐々に互いの友好を深めていった。スー族が知りたい情報は、食用とするバッファローの大群が通過するのがいつか、白人はどれくらいやってくるのかだった。バッファロー通過の報をいち早くスー族に知らせたダンバーは英雄扱いされるようになった。スー族の聖人と見なされている「蹴る鳥」や「風になびく髪」と呼ばれる2人の男も、「拳を握って立つ女」と呼ばれる白人女性や「笑う顔」と呼ばれる女性も、スー族は皆このような名前で呼び合っていることを知る。ダンバーは砦でトゥー・ソックスと名付けた狼がダンバーと戯れていたところをスー族の男に目撃されたことから、部族民同様に「シュンカマニトゥタンカ・オブワチ(「狼と踊る男」)」というインディアン名をもらい、これまでの自分の名前に意味がなかった、これが本当の自分の名前なのではないかと感じる。異民族の共存を考えるとても貴重な映画だ。

2017/11/15

 「国際交流フェスティバル2017」が11月12日に富山駅とCiCビルで開催され参加した。

 富山駅一階の自由通路と2階の多目的デッキには、各国紹介ブースがあり、主催者が作成した「お礼のことばコレクション いろんな国のありがとう」という用紙を渡された。そこには「『ありがとう』ってなんていうの?」「ことば」「くに」を国ごとに順番に記載できるようになっており、30カ国を駆け足で回った。

 韓国は「カムサハミダ」の「カムサ」は「感謝」のハングル読み。中国の「シエシエ」(謝謝)」も同じ。さすが漢字文化圏で同根だ。オランダの「ベダンクトゥ」はドイツ語の「ダンケ」から来ており、ノルエゥーの「ツーセンタック」の「ツーセン」は「サウザンド(千)」のことで、一回の「タック」(感謝)だけでは足らず千回も感謝しているという言い方が慣例のようだ。ハンガリーのモニカさんが「けせねむ」とひらがなで読み方を併記してくれたのは、「KOSZONOM(3つのOにはウムラウトがつく)」。モルドバの「ムルツーメースク」を教えてくれたのは、私の事務所に来訪歴のある会社社長で、久しぶりとあいさつをした。アルバニアの「ファレミンデリット」を教えてくれたのは、アルバニア人の姉と弟だった。

 マレーシアのマレー語もインドネシア語も「テリマカシ」と同一だ。タイのタイ語「コープンクラプ」とカンボジアのクメール語「オークン」は文字の形が似ている。3年ほど前にタイ訪問を前にしてタイ語学習に挑戦したが文字に馴染めず断念したことを思い出した。ミャンマーの「ジェイズーデンバデー」の文字も丸っこいところがタイ語やクメール語に似ている。ベトナム語の「タンオン」は短く分かりやすい。ネパール語の「タンネバード」は英語のアルファベットで、モンゴリアンの「バヤララ」はア段の字だけで温かさを感じる。

 インドのベンガル語「ナマステー」を教えてくれたのは以前にも国際交流フェスティバルで会ったセンさんだった。パキスタンのブースで、唯一知っているウルドゥー語「アッサラームアライクム」(こんにちは)と声を掛けたら、良くご存知ですねと驚いてくれ、「シュクリア」を教えてくれた。エジプトのアラビア語「シュクラン」とよく似ている。ウルドゥー語もアラビア語もアラビア文字を使用している。

 イギリスは、オーストラリア、トリニダードトバゴ、ジャマイカ同様、もちろん「サンキュー」だが、イギリスはイングランドでなくUKであると初めて知った。ベナンはフランス同様フランス語の「メルシー」とフォン語の「アバイバオウ」。カナダは「サンキュー」と「メルシー」を使う。ブルキナファソはモレ語「バルカ」、ガーナはアカン語「ミダーシ」、ブラジルはポルトガル語「オブリガード」で、パラグアイはスペイン語の「グラシアス」だ。2時間で世界一周を満喫できて、「ありがとう」(日本語)。

 前号までは、分野ごとに紹介したが、一年前から鑑賞した映画は鑑賞の時系列で紹介する。

「イミテーション・ゲーム」
 コンピューターの理論の礎を作りながらも、同性愛者として罰せられ研究環境を持つことができなくて41歳で亡くなったチューリングの生涯を描いている。イギリスは半世紀後に特赦しその功績をたたえた。

「グッド・ライ~いちばん優しい嘘」
 南スーダンに住むマメデールと妹と他の兄弟は、兵士が村を襲い両親が殺され、エチオピアに歩いて向かい、その後ケニアに向かって歩き続け、カクマ難民キャンプにたどり着く。その途中で、マメデールの兄は兵士に注意を向けさせ兄弟を助け、弟のダニエルは病気で死ぬ。カクマ難民キャンプでアメリカへ行ける日を待、ついにアメリカに渡った。
 ケニアで自分たちを探している男性がいるとの情報を得て、もしかしたら自分を助けてくれた兄ではないかと思い、マメデールは難民キャンプへ行く。そこで兄と再会するものの、兄のアメリカ行きのビザを取得できない。兄にはビザが下りたと報告し、出国手続き直前で真実を話し、「自分は兄さんからもらった命なのだから自分のパスポートとビザで出国してほしい。自分は難民キャンプで医師として働くから」と「良い嘘」をつこうと言う。兄はアメリカに渡り、兄弟たちと喜びの再会をする。アフリカの人々の純情さに心動かされる感動的な映画だ。

「わたしを離さないで」
 臓器提供目的で人間のコピーを作ったが、その人間には通常の人間と全く同じ肉身と精神作用を持っている。そのようなコピー人間だけが集められ共同生活をするヘルシャム学校の3人の同期の男女が主人公のフィクション。昨年日本でテレビドラマとして放映された。2017年10月にノーベル文学賞を受賞した石黒一雄氏の作品。

「屋根の上のバイオリン弾き」
 ウクライナに住むユダヤ人一家とその地域の人々との交流を描くミュージカル。牛を飼い乳を売って生計を支える主人公の父親は、何よりも伝統を大切にする。しかし、長女は貧乏な仕立て屋と、二女は共産主義者と、三女はユダヤ教以外の宗教を信じる男性と恋に落ちる。ユダヤ人に対する迫害が始まり住み慣れた家を追われても、彼らはユーモアを忘れず力強く生きていく。

「私に会うまでの1600キロ」
 離婚や母親の死、自らの自暴自棄な生活で負った心の傷を癒すために、主人公のシェリルは数千マイルに及ぶPCT(パシフィック・クレスト・トレイル)をひとりで歩き通すことを決意した。人や自然との出会いごとに、過去の体験を思い出し感情を追体験しながら過去の思いを昇華し整理していく。かと思うと過酷な現実にも直面する。それらすべての過程を通してシェリルは大きく成長していく。

「やさしい本泥棒」
 ベストセラー小説の映画化。第二次世界大戦時のドイツが舞台で、ユダヤ人と分かれば連れていかれるヒトラー君臨する時代。主人公リーゼルは母親に連れられ養父母のもとへ連れていかれる。養父ハンスはリーゼルが文字を読めない子であることを知ると、リーゼルが盗み持っていた本を読み聞かせてあげて文字を教える。本の力、言葉の力を実感する作品だ。

2017/07/15

 平成12年から成年後見制度が始まった。被後見人の判断能力がすでに不十分になってから用いられる法定後見制度よりも、判断能力がまだ十分あるうちに将来の後見人との間で契約を結ぶ任意後見制度の方が、利用者の意思が反映されやすい制度と言えるだろう。

 任意後見契約で被後見人の療養看護と財産管理を任された任意後見人が実際にこれらの業務を開始するのは、被後見人の判断能力が低下したとされ、裁判所が後見人を監督する監督人を選任してからだ。後見人は被後見人から信頼されて財産管理等を任されるが、いつ魔がさして被後見人の財産を自己のために用いるか分からない。それで、後見人の業務を監督人が監督し裁判所に報告することで、被後見人の財産が正しく用いられるようにする。

 外国人の技能実習制度にも似たようなところがある。我が国の進んだ技術・知識を学んでもらい、修了後は母国の経済発展に尽力するという趣旨から離れ、人手不足を補う安価な労働力の確保のために用いられてきた経緯があるからと思われるが、本年11月より、外国人技能実習機構という新しい機構が作られ、極めて厳しい運用が開始されようとしている。

 協同組合が複数の組合員企業の依頼を受け窓口となり外国人技能実習生を呼び寄せ、実習実施機関で技能実習を行う場合、協同組合が実習実施機関を定期的に訪問し、当初計画した計画通りに実習がなされているかどうかや技能実習生の法的権利が侵害されていないかを監査する。しかし必ずしもすべての協同組合が適切な監査をしているとは限らず、協同組合の監査業務を監査する外部監査人を置くことが義務付けられることとなる。

 後見人を監督する監督人を置いたり、監査人を監査する外部監査人を置くということは、どんな人間や組織でも厳しくチェックされなければ安易な方に傾いたり魔がさしたりするという、現実を冷静に直視した現実志向の考え方に立脚している。このことにより、制度趣旨が担保されやすくなる。反面、共産圏国家の監視社会のような窮屈な社会になってしまわないだろうか。

 別のアプローチがあってしかるべきであり、それは人間の道徳性や倫理性を向上させることにより問題を解決していこうという理想主義的な志向だ。役人の仕事は現実志向でなければならずそれでいっこうにかまわないが、教育者や思想家、宗教家、又は家庭における親は市民や家族の心を開発し道徳性を高めなければならない。戦前は教育現場で教育勅語を生徒は覚え暗誦し、人として生きる道を学んだ。

 現実志向に則り制度運用を厳しくしても、道徳観が低ければ法の抜け道を捜そうとするだろう。また監督人や監査人ばかりの社会は面白みに欠ける。それよりは、「70にして己の欲するところに従えども矩を超えず」を理想とする社会に住みたいものだ。
「十二人の怒れる男たち」
 アメリカにおける陪審員たちの協議の様子を描く。真実を求めることと法の精神(疑わしきは罰せず)に忠実であろうとする人(主人公、建築士)、自分の趣味を最優先にはやく終了してしまいたい人(ブローカー)、自分の放蕩息子に犯人を重ね合わせて有罪にしたいと最初から考えている人(経営者)、スラム街に住む人はろくな者がいないと先入観を持っている人(経営者)、人間洞察と共感力に富む老人など個性が描かれていて興味深い。日本の裁判員制度は多数決で評決するが、陪審員制度は完全一致にならないと終了しないので、話し合いが必要になる。

「父の祈りを」
 アイルランドとイギリスの対立を背景に、冤罪で無期懲役を食らった父子が闘う過程を描いたもの。女性弁護士がとても素晴らしい。

「告発」
 1995年に公開されたアメリカ映画。 アルカトラズ島にあったアルカトラズ連邦刑務所で行われていた過剰な虐待を告発し、1960年代に同刑務所を閉鎖に追い込んだ実話を基にして製作された映画。

「ディアブラザー」
 アメリカでは冤罪が過去10年間で250件も発生しているそうだ。この映画も冤罪で男性が20年間投獄されていた実話をもとに作られた。
 幼いころから兄と大の仲良しだった妹が兄の無罪を信じ、夫と二人の子を持ちながら高校卒業から始め、大学入学、そして弁護士の試験に合格し弁護士として兄の無実を証明していく。長い年月がかかったので、証拠が捨てられているかもしれない状況の中、それを発見し、支援団体の支援を取り付け、兄の娘にも父の無実を伝える感動的な映画。妹はこのためにだけ弁護士となり、それ以降弁護士活動はしていないという。

「真実の行方」
 リチャードギアが演じる弁護士は、大司教殺害の容疑者の弁護を無償で買って出る。容疑者の素朴な表情に無罪を信じ調査する中で、大司教と容疑者やその女友達との間で行われたセックスプレイのビデオを発見する。それが端緒となって、容疑者の二重人格が殺害を引き起こしたとなり、刑場ではなく病院送りとなり、弁護は成功したかにみえた。しかし、実は容疑者の人格は残虐な方の人格で統一され、素朴な人格は作り出されたものだった。

「リーガル マインド」
 アルコール中毒で治療中の女性弁護士が、社会貢献活動として殺人犯の女性の弁護を引き受けることとなる。涙ながらに語る殺人犯の言葉を信じて調査を進めていくうちに、警察が証拠の改ざんや隠匿をし、検察もそれを知りながら起訴して仮釈放のない終身刑犯を作りあげたことを知った。資料を集め、また裁判官も犯人の人権を守ることが専門の人であったことも味方して、法廷で冤罪であることを証明し無罪放免となった。しかし、その事件にかかわる別の女性の話を聞くうちに、無罪放免となった女性が実は犯人であることを知り、一転していったんは無罪とした女性を有罪にするために法廷活動をする。仲間から、「あなたが立派である理由は勝訴の率が高いことではない、別のことだ」と言われ考え続けるが、あきらめないでやり続けることだと思うようになる。

2017/06/15

 小さい子にことばを教える時に、自動車のことを「ブーブー」と言ったり、祖父母のことを「ジージ、バーバ」と言ったりすることをよく見る。子どもにとって覚えやすいようにという配慮があってのことと思うが、子供にとれば日本語を覚えるのに二度手間になる。幼児語でなく最初から正しい日本語を教える方が良いと思う。

 大人は幼児や子供の精神程度が低く幼稚だと勝手に思い、幼児が通う園を幼稚園と名付けたりするものの、幼児や子供が幼稚とは限らない。むしろ、一人前であるとして、大人がするのと同じような体験をさせることもあった方が、早く成長できるのはないだろうか。

 オランダのある市では、政治教育の一環として、11~12歳の子どもたちが、初等学校から「選挙」で選ばれた「議員」として、本物の市議会会議場で現職の市長が議長となり自校の政策を決めているという。歌やダンスなどでの若い優れた才能を発掘するための「タレントショー」、市内の歴史を学ぶクイズを組み込んだ「タイムマシン計画」、自然体験を疑似体験できるスマートフォン向け「アプリの開発」、ゲームを通じた「お年寄りとの交流」等が提案される。1回目の投票でいずれも過半数を取れないときは、政策の良さを訴えたり質問し合い、多数派工作もして「タレントショー」が過半数を得て成立したという(読売新聞、平成27年12月26日)。 

 私は、富山に家族で住むバングラデシュ、パキスタン、ガーナの人々四十名ほどが集う会合に参加したところ、5歳から12歳くらいまでの男女が英語で「ディベート」するのを見た。「将来成功する上で教育は必要か」というテーマで、賛成意見の人と反対意見の人が順に発表するだけで、対立点を明確にして議論するところまでは至らなかったものの、皆母国語でもない英語を駆使して発表していた。最多得点を取ったパキスタンの女生徒の発表は、大人も顔負けするような立派な内容を流ちょうな英語で話しており、感銘を受けた。

 保育園を経営する横峯吉文氏が唱える教育法も素晴らしい。親は子供に教え諭してどうにかしようとする教育が一番良くなく、子供が成長する原動力である意欲・やる気・好奇心を大切にして、「教えない。子供が求めるようにわれわれが課題を準備する。その子に合った課題、その子にとってできることを与える。教えて育てるのではなく環境で育てていく」ことが大切だという。

 子供は親の言うことには従わないが、親のしていることは真似る。親や周囲の大人やテレビ等に出演する人がしていることを自分もしてみたいと思う。目を離すことなく、かといっておもねたり押し付けたりせず、模範を示し環境を準備することにより天賦の才能が引き出され有為な人材になるのではなかろうか。
「ベンハー」
 ジュダはユダヤ人でローマ人の父を持つメッサラとは親友で家族付き合いをしている。父の兄弟の娘エスターとの婚約も終えた。メッサラは司令官として出世し、ローマ皇帝を護衛する役を持ち、ジュダの家の前を通ったが、ジュダは事故でローマ皇帝を傷つけてしまった。メッサラは責任を問われ、ジュダをガレー船送りに、ジュダの母と妹は絞首刑にされることとなった。ジュダが漕ぐガレー船にアリウス提督が乗った時、海賊船に襲われ、提督と自分と二人だけが助かる。これが縁でジュダは提督の跡取りとなり、ローマの市民権と財産を得る。そして憎きメッサラに復讐することを考える。(上巻)
 故郷エルサレムに戻ったジュダはかつて自分と家族が住んでいた家を手に入れた。エスターにも会うが最初は自分を信頼してくれない。エスターはイエスキリストの教えを学び、人を許すことの大切さを知っていた。ジュダの母親と妹に偶然出会い、生きていたが死の病にかかっているのを見る。
 メッサラと、四頭立ての馬車での死をもかけた競争をすることとなる。ジュダはユダヤの民の代表として参加し優勝するが、メッサラは瀕死の重傷を負う。メッサラはジュダに母と妹が生きていることを告げ、ジュダに会うことを熱望するが、ジュダは会いに行こうとしない。次第にエスターの感化を受け、自分も許されていたことに思い至る。メッサラに会いに行く途中に、十字架を背負い歩くイエスキリストを助ける。(下巻)。

「コロンビアーナ」
 コロンビアは花と殺し屋の国。父母を殺害された少女はおじさんに会いにアメリカへ行き、殺し屋になることを望む。愛と平和を望みながらも、父母の復讐のため、犯人をおびき寄せようと、殺人現場にカトレアの花を残しておく。恋人がたまたま撮影した写真がFBIに流れ、殺人現場の人物と照合一致し家に踏み込まれるが、父母のかたきを取りに行く。

「名もなきアフリカの地で」
 ナチスの迫害から逃れたユダヤ人一家がアフリカのケニアでたくましく生き抜き、ドイツに戻るまでの様子を描く、心温まる映画だ。夫婦は愛し合いながらも自分の主張を通していく。最初アフリカが嫌いだった妻は次第に心惹かれていく。娘は最初からアフリカの人々になじみながら、その風習を受け入れていく。ドイツに敵対するイギリス人が通う学校で学ぶが、ユダヤ人はわずかで差別的な扱いもあるようだが、その中でたくましく生きていくようすが、アフリカの素朴な人々との交流の中で美しく描かれている。世界を肌で体験する娘の将来がとても興味深い。自己の有用感をアフリカでは感じられない夫は、ドイツでの判事の職を得る。帰国に当たり、家族が殺されたドイツに帰ることの怖さを感じながらも生まれ育った故国に惹かれていく。

「アレキサンダー」
 ヨーロッパからインドにまたがる大帝国を築いた王様の話。マケドニアの王様である父は妻以外の女性を愛し、自分を愛し教育する半面、憎む妻の子ということで簡単には後継者にしない。ペルシャと闘って勝利しバビロンを手中に収めるが、現地部族の娘を王妃とする。この頃までは、魅力的な若王で、異文化を下に見る臣下に反発し東洋の古くからの文化に敬意を払う姿が美しい。さらに東へと遠征しインドに至り南下を試みる。結局傷つき敗退しバビロンに戻るが、毒殺される。毒殺した元臣下が周囲の者に書きとらせるという形で映画は進む。壮大で素晴らしい映画だ。

2017/05/15

 仕事柄、日本で単身で、あるいは夫婦で在留する外国人の方が、母国にいる子供を呼び寄せるための在留資格制度上の手続きをすることがよくある。

 母国で高校まで卒業しその後本人の意思で来日を決めた場合と異なり、親の意思や都合で呼ぶ場合は、母国でどの程度母語を習得しているかに配慮する必要がある。来日後、日本語で授業が行われる通常の学校に通うことが多いが、親の日本語能力が低い場合、学校で日本語で学んだことや、同級生と日本語で会話したことに関する疑問点や感じたことを親に理解してもらえずストレスがたまったり、感受性や理解能力の形成に支障をきたすこともあるようだ。周囲は日本語を話す人が多く自分の母語が少数派だと、自分の母語や母語を話す両親を大切に思う気持ちが阻害されることもある。

 脳の専門家は、母国語を子供の母語にしようとするなら、3歳までは他の言語と混ぜずにしっかり母語を伝えた方がよく、8歳の誕生日(言語脳の臨界期)までには母語の能力を仕上げておくことが大切だと言う(黒川伊保子著『日本語はなぜ美しいのか』集英社新書)。

 親の都合で来日した外国籍の子どもは、日本人の同級生となじみ生活上の日本語を修得するのに通常は1~2年かかる。しかし、生活上の日本語を話しているからといって、日本人の子どもと同じように日本語で学習できるようになったわけではない。通常は、学習言語能力の獲得には5~7年(~10年)年かかるとされている。

 言語少数派の子どもの言語能力は、場面依存度(ものを指す、目を使う、うなずく、ジェスチャーなどをどれだけ利用できるか)が低く、認知力必要度(要求される認知的負担の程度)が高い場面でも高めなければならず、学校の授業の前に母語による先行学習を準備する教育ボランティの方々たちの負担はとても大きい。

 私を含めほとんどの日本人は、日本語を話す両親に育てられ、日本語が通じる学校で学習する。日本国内のあたりまえの風景だが、子どもの言語能力をはじめとした多くの能力を高め、アイデンティティを形成するための母語能力の獲得という面からみると、極めて質の高い優れた環境であることが分かる。

 明治18年に初代文部大臣に就任した森有礼氏は、英語を国語にすることを提案したようだ。現在も、子どもの能力を高めるべく日本語よりも英語により多く触れさせようとする若い親が多いと聞くが、子どもの脳機能形成と豊かな人生を守るという観点から考えれば、これほど愚かなことはない。

 国際化社会に対応するための英語の早教育が叫ばれているが、12歳以降にしたほうが賢明なようだ。12歳までの子どもの脳はとても忙しく、外国語学習を余儀なくさせられると、脳の人間形成において必要なやるべき仕事の一部を放棄するしかないのだという。