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This is the archive for June 2017

2017/06/15

 小さい子にことばを教える時に、自動車のことを「ブーブー」と言ったり、祖父母のことを「ジージ、バーバ」と言ったりすることをよく見る。子どもにとって覚えやすいようにという配慮があってのことと思うが、子供にとれば日本語を覚えるのに二度手間になる。幼児語でなく最初から正しい日本語を教える方が良いと思う。

 大人は幼児や子供の精神程度が低く幼稚だと勝手に思い、幼児が通う園を幼稚園と名付けたりするものの、幼児や子供が幼稚とは限らない。むしろ、一人前であるとして、大人がするのと同じような体験をさせることもあった方が、早く成長できるのはないだろうか。

 オランダのある市では、政治教育の一環として、11~12歳の子どもたちが、初等学校から「選挙」で選ばれた「議員」として、本物の市議会会議場で現職の市長が議長となり自校の政策を決めているという。歌やダンスなどでの若い優れた才能を発掘するための「タレントショー」、市内の歴史を学ぶクイズを組み込んだ「タイムマシン計画」、自然体験を疑似体験できるスマートフォン向け「アプリの開発」、ゲームを通じた「お年寄りとの交流」等が提案される。1回目の投票でいずれも過半数を取れないときは、政策の良さを訴えたり質問し合い、多数派工作もして「タレントショー」が過半数を得て成立したという(読売新聞、平成27年12月26日)。 

 私は、富山に家族で住むバングラデシュ、パキスタン、ガーナの人々四十名ほどが集う会合に参加したところ、5歳から12歳くらいまでの男女が英語で「ディベート」するのを見た。「将来成功する上で教育は必要か」というテーマで、賛成意見の人と反対意見の人が順に発表するだけで、対立点を明確にして議論するところまでは至らなかったものの、皆母国語でもない英語を駆使して発表していた。最多得点を取ったパキスタンの女生徒の発表は、大人も顔負けするような立派な内容を流ちょうな英語で話しており、感銘を受けた。

 保育園を経営する横峯吉文氏が唱える教育法も素晴らしい。親は子供に教え諭してどうにかしようとする教育が一番良くなく、子供が成長する原動力である意欲・やる気・好奇心を大切にして、「教えない。子供が求めるようにわれわれが課題を準備する。その子に合った課題、その子にとってできることを与える。教えて育てるのではなく環境で育てていく」ことが大切だという。

 子供は親の言うことには従わないが、親のしていることは真似る。親や周囲の大人やテレビ等に出演する人がしていることを自分もしてみたいと思う。目を離すことなく、かといっておもねたり押し付けたりせず、模範を示し環境を準備することにより天賦の才能が引き出され有為な人材になるのではなかろうか。
「ベンハー」
 ジュダはユダヤ人でローマ人の父を持つメッサラとは親友で家族付き合いをしている。父の兄弟の娘エスターとの婚約も終えた。メッサラは司令官として出世し、ローマ皇帝を護衛する役を持ち、ジュダの家の前を通ったが、ジュダは事故でローマ皇帝を傷つけてしまった。メッサラは責任を問われ、ジュダをガレー船送りに、ジュダの母と妹は絞首刑にされることとなった。ジュダが漕ぐガレー船にアリウス提督が乗った時、海賊船に襲われ、提督と自分と二人だけが助かる。これが縁でジュダは提督の跡取りとなり、ローマの市民権と財産を得る。そして憎きメッサラに復讐することを考える。(上巻)
 故郷エルサレムに戻ったジュダはかつて自分と家族が住んでいた家を手に入れた。エスターにも会うが最初は自分を信頼してくれない。エスターはイエスキリストの教えを学び、人を許すことの大切さを知っていた。ジュダの母親と妹に偶然出会い、生きていたが死の病にかかっているのを見る。
 メッサラと、四頭立ての馬車での死をもかけた競争をすることとなる。ジュダはユダヤの民の代表として参加し優勝するが、メッサラは瀕死の重傷を負う。メッサラはジュダに母と妹が生きていることを告げ、ジュダに会うことを熱望するが、ジュダは会いに行こうとしない。次第にエスターの感化を受け、自分も許されていたことに思い至る。メッサラに会いに行く途中に、十字架を背負い歩くイエスキリストを助ける。(下巻)。

「コロンビアーナ」
 コロンビアは花と殺し屋の国。父母を殺害された少女はおじさんに会いにアメリカへ行き、殺し屋になることを望む。愛と平和を望みながらも、父母の復讐のため、犯人をおびき寄せようと、殺人現場にカトレアの花を残しておく。恋人がたまたま撮影した写真がFBIに流れ、殺人現場の人物と照合一致し家に踏み込まれるが、父母のかたきを取りに行く。

「名もなきアフリカの地で」
 ナチスの迫害から逃れたユダヤ人一家がアフリカのケニアでたくましく生き抜き、ドイツに戻るまでの様子を描く、心温まる映画だ。夫婦は愛し合いながらも自分の主張を通していく。最初アフリカが嫌いだった妻は次第に心惹かれていく。娘は最初からアフリカの人々になじみながら、その風習を受け入れていく。ドイツに敵対するイギリス人が通う学校で学ぶが、ユダヤ人はわずかで差別的な扱いもあるようだが、その中でたくましく生きていくようすが、アフリカの素朴な人々との交流の中で美しく描かれている。世界を肌で体験する娘の将来がとても興味深い。自己の有用感をアフリカでは感じられない夫は、ドイツでの判事の職を得る。帰国に当たり、家族が殺されたドイツに帰ることの怖さを感じながらも生まれ育った故国に惹かれていく。

「アレキサンダー」
 ヨーロッパからインドにまたがる大帝国を築いた王様の話。マケドニアの王様である父は妻以外の女性を愛し、自分を愛し教育する半面、憎む妻の子ということで簡単には後継者にしない。ペルシャと闘って勝利しバビロンを手中に収めるが、現地部族の娘を王妃とする。この頃までは、魅力的な若王で、異文化を下に見る臣下に反発し東洋の古くからの文化に敬意を払う姿が美しい。さらに東へと遠征しインドに至り南下を試みる。結局傷つき敗退しバビロンに戻るが、毒殺される。毒殺した元臣下が周囲の者に書きとらせるという形で映画は進む。壮大で素晴らしい映画だ。