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This is the archive for October 2008

2008/10/15

 Aの所有物をBが自分の物のように占有しているなら、BをしてAへ返還させるのが法の任務です。また、BがAに債務を負担しながら弁済しないのなら、弁済すべきことをBに命ずるのが法の任務です。あるべき状態(Sollen)と違った事実状態(Sein)があるときには、Seinを改めてSollenの実現を企てることが、まさに法の使命でなければなりません。ところが時効はその反対です。なぜでしょうか。Seinの状態も永続すると、その上に複雑な法律関係が築き上げられます。いまさらこれをくつがえしては、社会の法律関係は混乱します。社会の法律関係の安定、それが時効制度の最も基礎的な存在理由です。

 「既成事実の尊重」が法の一つの使命であることは否定し得ません。表見代理・即時取得・登記の公信力など、いわゆる取引の安全を保護する制度は、いずれもある意味で既成事実の尊重です。そして、主観的な権利義務の面に作用する時効は、客観的な法規範の面に作用する慣習法と並んで、既成事実の尊重の理想を実現する東西の横綱です。

消滅時効

 20年も30年も前の古い借金証文を持ち出して、これこの通り、あなたのお父さんに金を貸してある、元利合計何○○○万円払ってもらいたい、とやられては、誰でも困ります。30年前の証文が、はたして現在借金のあることを証明する確実な証拠といえるのかどうか、それが問題です。そんな古い事実は今さらほじくり出さないことにする、と言ってしまう方が、公平であり真実に近いかもしれません。

 普通の債権は10年で消滅時効にかかる(民法167条1項)という制度の、最も大きい働きはこの点にあります。商店の売掛代金や学校の授業料などは2年、おでん屋の勘定は1年という短期消滅時効が認められるのも、債権の存在の証明が困難だからです。

取得時効

 ある土地がAからB、BからCに売られて、移転登記も済んでいる。そのうえCはその土地に家屋を建てて他人に貸し、また抵当権を設定して銀行から金を借りている。といっても、Aが制限行為能力を理由にAB間の売買を取り消せば、土地の所有者はAに戻り(はじめからAのもとを一度も離れていなかったことになり)、とにかくCは家屋を取り払わねばならなくなり、抵当権は効力を失う。こんな場合のCにとっての最後のよりどころは、時効による取得です(162条)。取得時効とは、他人の物でも自分の物のような顔をして持っていると、10年か20年の後には自分の物になるという制度だ、というと、いかにもけしからん制度のようですが、右の例で考えてみると、社会の法律関係の安定という大きな理想から見て、いかにももっともな制度だ、ということが分かるでしょう。

 所有権の取得時効と、貸金債権等の普通の消滅時効とを比較すると、前者では永続した事実状態の尊重という理想が文字通り当てはまるのに対し、後者では、証拠の保全の困難を救うという、当事者の個人的な利益保護が少なくとも主要な存在理由となります。

(我妻榮『民法案内2民法総則』勁草書房を参考にしました)