出版不況の中にあって、ひとり絵本だけが売り上げを伸ばしているという。その原因は何だろうか。一般書籍がパソコン画面やスマートフォン画面で読むことが普及してきたが、絵本は電子化に馴染まない。大人が幼児の後ろに座り、絵本を幼児に見せ読み聞かせるのが一番良い方法だ。0歳児や1歳児は絵本の話の内容よりも絵本の材質に関心を持ち、たたいたりなめたりするが、紙媒体であればそれに耐えられる。

 もう一つの原因は大人向けの絵本が出てきていることかもしれない。『りゆうがあります』(ヨシタケシンスケ著)は、子どもがする独創的な言い訳が母親に伝染している様子を描いており、子育てが楽しくなる。『つぶっこちゃん』(つつみあれい著)は、小さな豆などをのどに詰まらせることがないようにと、小児科医が作ったもので、リズミカルな文体で親に注意を促している。

 子供の時に親に読み聞かせてもらった絵本は、大人になって読み返すと親に愛してもらった思いがよみがえり、困難の中でも生きる意欲を与えてくれそうだ。そのような本は自分の子や孫にも読んであげたい。読み聞かせてくれる親がよく見えない小さな幼児にとって、親の印象は自分を見つめる大きな目なので、漫画などで登場人物の目が異様に大きくても違和感を感じないのだという。絵本によっては登場人物の顔の輪郭が母親の乳房の輪郭だったりする。

 昨年私と同じ誕生日に生まれた初孫には、生後6カ月くらいから声に出して読みたい日本語シリーズの『どっどどどどどうど雨ニモマケズ』(宮沢賢治原作)や、ロシアの昔話『おおきなかぶ』(トルストイ原作)の読み聞かせを毎日のようにしてあげた。

 今月、富山県民会館で「絵本と私の物語展」が開催され、見てきた。300種700冊が一堂に会した充実した絵本展だった。数日してそこで見た一冊が心を大きく占めるようになってきた。『どんどんどんどん』(片山健)だ。少年がひとりで、猛獣の住む草原も、クジラのいる海の中も、車が行き交う都会の中も、銃弾飛び交う戦場さえも、どんどんどんどん歩いていき、少し疲れて浜辺で砂遊びをして、また歩き始めるという話だ。迫力ある絵が心に残ったのだろう。継続を支える精神性をもらった気がする。

 その後、射水市の大島絵本館を訪れる機会があったので、この本があるかと尋ねたら、2~3分で持ってきてくださり、懐かしい友に会ったような気がした。この絵本館は日本と外国の絵本一万冊を蔵しているという。仕掛け絵本、布製絵本、巨大絵本等がある。自分で絵本を作りそこで展示できるようにもなっていて、豊かな絵本文化を生み出してくれそうだ。

 絵本ブームの仕掛け人の一人は柳田邦男氏(ノンフィクション作家)だろう。同氏著『大人が絵本に涙する時』(平凡社)で知った『鹿よ おれの兄弟よ』は、ロシアの森林で鹿と共に生きる漁師の生活が美しく迫力ある絵で描かれた、日本人とロシア人の共同制作であり、座右の絵本となった。