過ぎ行く日々の中で目標を定めて生きていても、うまくいかないことが多い。むしろそれが普通かもしれない。恋愛できても結婚できなかったり、結婚できても子供に恵まれなかったり、子供に恵まれても仕事がうまくいかなかったり、うまくいってもその仕事をやめて始めた事業がうまくいかなかったり、事業がうまくいっていると思っても事業環境が大きく変わって倒産してしまったり、激変する事業環境にうまく適応して会社が存続できても天災によって事業基盤をなくしてしまったり、人生何が起こるか分からず、何かを得ようと思って一所懸命に努力したからといって報われるとは限らない。

 そのときどうするか。いしだあゆみは、「泣くの歩くの死んじゃうの」(あなたならどうする)と、河島英五は「男は酒を飲むのでしょう。女は泪見せるのでしょう」(酒と泪と男と女)と歌った。

 ドストエフスキーは、「心から大切だと思える思い出が一つでもあるならば人は自分の人生を深いところで肯定することができるはずだ」と言い、ナチスの強制収容所に捕虜としてとらえられた経験を持つ『夜と霧』の著者フランクルは、収容所での悲惨な生活の中でも、聖者の如く優しい言葉をかけたり一片のパンを与えたり収容所のバラックの隅で祈りや礼拝をしている人々がいたと記しており、すべてに挫折しても生きる意味を得ることはできるとしている。

 神を信じて生きる者の中には、神は親のように自分を守り導いてくれると感じる人たちがいる。そういう人々の人生は次のエピソードのように常に神とあり、次の詩のように、常に神と人々に感謝する道が開かれている。

「エピソード」
 ある人が神と共に砂浜を歩き砂浜には2人分の足跡があった。ところが、困難に直面したころ通過した砂浜を見ると、足跡はひとり分しかなかった。「神様、あなたは私が困難の中にあるとき、私を置いて離れてしまったのですか」と尋ねたら、神は「その頃は私がおまえをおぶって歩いていたんだよ」と答えたという。

「無名の南軍兵士の祈り」
大事をなすための力を与えてほしいと神に願ったのに、従順さを学ぶようにと弱い人になった。
偉大なことができるようにと健康を望んだのに、より善きことができるようにと病弱さを与えられた。
幸せになるために富を求めたのに、賢くなれるようにと貧しさを授かった。
人々の賞賛を得ようとして力を求めたのに、神の必要を感じるようにと弱さを授かった。
生活を楽しもうとあらゆるものを求めたのに、あらゆることを喜べるようにと生命だけを授かった。
求めたものは何も与えられなかったが、願ったことはすべてかなった。
こんな私なのに、声に出して言わなかった祈りもすべてかなえられ、私は誰よりも豊かな神の祝福を受けた。